時は2008年。
昭和生まれのおっちゃんばかり、総勢5名でミクロネシアのチューク諸島へ行くことになった。
ちなみに、当時の私は48歳で、この5人の中では一番若かった。それでも平均年齢は50歳オーバー。どんなメンバーだったかは想像していただけるだろう。(笑)
さて、今回の目的地はチューク諸島。
しかし、私にはどうも「チューク」という呼び名がしっくりこない。
やっぱり「トラック」なのである。
昔の人間だから仕方がない。以後、トラックと呼ばせていただく。
トラック諸島といえば、大東亜戦争当時、日本海軍の重要な拠点であり、米軍の大規模な空襲によって数多くの日本の艦船が海底に沈んだ場所である。
その海に、ぜひ一度潜ってみたい。
そう提案されたのが、北九州の歯科医師、K先生だった。
その話に賛同したのが、私の家の近くに住む大原さん、福岡組の友綱さん、坂下さん、そして私。
こうして、おっちゃん5人組のトラック遠征が決まった。
第一の事件 ― グアム空港の巨大ナイフ
福岡空港を出発した我々は、乗り継ぎのためグアムで一泊。
翌日、いよいよトラックへ向かうことになった。
ところが、ここで早くも事件発生!
K先生が、なんと大型のナイフを持参していたのである。
しかも、こともあろうか、そのナイフを坂下さんの機内持ち込み用リュックサックに入れていたのだ。
当然、グアム空港のセキュリティ検査で引っかかった。
そして坂下さんは、別室へ連れて行かれてしまった!
おいおい、まだトラックにも着いていないぞ!
幸い坂下さんは無事に戻ってきたものの、ナイフは当然没収。
私はK先生に尋ねた。
「先生、なんで海外のリゾートに、あんなでっかいナイフを持ってきたんですか?」
すると先生は、悪びれる様子もなく、
「いやぁ、いつもの癖で持ってきてしまった」
とのこと。
癖で持ってくるような代物かい!(笑)
こうして、出発早々の珍事件は何とか収まった。
しかし、本当の事件はこれからだったのである。
第二の事件 ― トラック空港で消えた男
グアムを飛び立ち、いよいよ全員にとって初めてのトラック諸島へ。
飛行機が着陸するとき、まず驚いたのが滑走路の短さだった。
もうギリギリ!
あと10メートルも進めば、そのまま海にポチャンと落ちてしまいそうな滑走路なのである。
無事着陸して、ようやく一安心。
もちろん、ボーディングブリッジなどという立派なものはない。
飛行機の扉が開くと、乗客は徒歩でターミナルへ向かう。
ターミナルといっても、平屋建ての小さな建物である。
当時の便は島々を経由して飛ぶ路線だったので、トラックで降りる乗客だけが機外へ出た。
そして我々も入国審査、いわゆるイミグレーションへ向かった。
私はいつものように、お客様である4人を先に並ばせ、自分は最後尾に並んでいた。
ところが、しばらくすると妙な光景が目に入った。
入国審査場の向こう側を、誰かがうろうろしている。
ん?
どこかで見た顔だぞ?
よく見ると……。
坂下さんではないか!!
「坂下さーん!!」
私が大声で呼ぶと、坂下さんがこちらへ歩いてきた。
「ちょっと、坂下さん! どうやってそっちへ行ったんですか?」
すると、ご本人は平然とした様子で、
「あそこ、フェンスが開いとったけん、そこから来た」
というような返事。
な、なんですと!?
なんと坂下さん、空港の破れたフェンスの隙間を通り抜け、入国審査を受けないまま、空港の外側へ出てしまっていたのである!
密入国ではないか!!(笑)
いや、笑い事ではない。
入国するときは何とかなるかもしれないが、問題は帰国するときである。
パスポートに入国スタンプがなければ、出国時に大変なことになりかねない。
せっかくトラックまで来たのに、帰国できなくなったらどうするんだ!
私は慌てて入国審査官のところへ行き、事情を説明した。
「すみません、うちの仲間が間違って向こうへ行ってしまったんです。パスポートに入国スタンプを押してもらえませんか?」
すると、その入国審査官。
坂下さんの日本のパスポートを見て、事情を理解したのか、なんと大笑い!
「OK! OK!」
そう言って、あっさり入国スタンプを押してくれたのである。
なんという大らかさ!
こちらは冷や汗ものだったが、審査官は笑って済ませてくれた。
実は、そのとき別の国の旅行者にも似たような出来事があった。
ところが、その人は入国審査官からものすごい勢いで怒られていたのである。
同じようなことなのに、この対応の違いは何なのだろう?
日本人だったからなのか、たまたま審査官の機嫌が良かったのか。
真相は分からない。
ただ、トラックは戦前、日本の統治下にあった島々で、今でも日本語に由来する言葉が数多く残っている。
現地には日本との深いつながりがある。
そんなことも、ひょっとしたら関係していたのかもしれない。
それにしても……。
グアムでは大型ナイフで別室送り。
トラックではフェンスを抜けて入国審査をすっ飛ばす。
まだ一本も潜っていないのに、すでに事件が二つ!
このおっちゃんたち、本当に大丈夫なのか!?
こうして、昭和のおっちゃん5人組によるトラック諸島の珍道中は、波乱の幕開けとなったのである。
これが、忘れられない「密入国事件」の第一幕。しかし、事件はまだ終わらなかった。
第三の事件 ― 私の荷物だけがハワイ旅行!?
坂下さんの密入国騒動が収まり、ようやく一安心……と思ったのも束の間。今度は預けた荷物が出てこない!
ほかの4人の荷物は出てきたのに、私の荷物だけがいつまでたっても出てこない。
ユナイテッド航空の係員に調べてもらうと、グアムで間違いなく積み込まれていたという。ところが、トラックで降ろし忘れたまま飛行機は出発。すでにハワイへ向かっており、帰ってくるまで荷物を降ろせないとの説明だった。
おいおい! 私はトラックに来たのに、荷物だけハワイ旅行かい!!(笑)
結局、私の荷物が届いたのは帰国するわずか2日前。5日間も着替えや水着、ダイビング器材のない生活になってしまった。
ユナイテッド航空からは「必要な着替えなどを買ってください」と100ドルを渡された。そこで着替えを一式買ったのだが、現地の服はアメリカンサイズの大きなものばかり。
少しダブダブなんてものじゃない。私が2人入ってもまだ余裕があるほどの超特大サイズだったのである!! まるでテントだ!(泣)
それでも一式しかないので、一日着ては洗濯、また着ては洗濯。普段は洗濯など一切しない私が、毎日自分で洗濯して5日間をしのいだ。これが一番堪えた!!
そして、もう一つ困ったのがダイビングである。器材は現地サービスが貸してくれた。しかし、荷物がないのだから水着もない。
さて、どうやってウェットスーツを着ようか。幸い、ボートの上はスタッフも含めて全員男性だった。
ええい、仕方がない! 私はボートの上で全裸になり、何も身に着けないまま、そのままウェットスーツを着たのである!(笑)
この光景がよほど強烈だったらしい。現在トレジャーズでガイドをしているケイスケさんからは、今でもその時のことが印象に残っていると言われる。
どうやら「すんげえ日本人が来た!」と思われたらしい。(爆笑)
いやいや、好きで裸になったわけじゃないんですよ! 水着がなかったんですから!!
グアムではナイフ騒動、トラックでは坂下さんの密入国、そして私の荷物だけがハワイへ。まだ旅は始まったばかりだというのに、いったいどうなっているんだ、このおっちゃん5人組は!(笑)
―― 密入国 Part 1・完 ――
あとがき ― K先生を偲んで
この旅を提案してくださった北九州の歯科医師、K先生は、その後、男女群島でのダイビング事故により帰らぬ人となりました。
先生の訃報を知り、私もお葬式に参列しました。
しかし、正直に言えば、今でも私の心の中では先生とのお別れができていません。
2008年、昭和生まれのおっちゃん5人で出かけたトラック諸島。
グアム空港でのナイフ騒動。
トラック空港での、まさかの密入国事件。
思い返せば、今でも当時の光景が目に浮かびます。
先生、あの旅は本当に楽しかったですね。
あれから長い年月が過ぎました。
こうして昔の出来事を一つずつ文章に残していくことが、私なりの先生へのお別れになるのかもしれません。
先生と一緒に過ごした時間、そして数々の思い出は、これからも忘れることはありません。
K先生、本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
2026年10月
eternalblue niki